胸糞悪さで言えばナンバーワン!【嗤う分身】感想
こんにちは!Erimaです。今回は久しぶりの映画レポです!!
作品はドストエフスキー原作の『嗤う分身』です。
あらすじ
あらすじを簡単に紹介すると、『何にもできない落ちこぼれの主人公のところにある日突然、超要領のいい自分のドッペルゲンガーが現れて全部奪われちゃう』話です。(既に胸糞悪い香りがプンプンしますね)
あるようなないような見所
正直、原作がドストエフスキーですし、見所もくそもないわって感じですがいちようご紹介しましょう。
- 主人公が惚れる女の子が可愛い
- 自己肯定感低そうな主人公に共感してしまう
- 自分のドッペルゲンガーがだんだん魅力的に見えてくる(だが悪いやつ)
主人公が惚れる女の子が可愛い
原作の本は読んでないのですが、レビューで女の子に触れている方がいなかったところをみると映画用に美化されたのかな、と思います。「あぁ〜これは好きになるわ…」って感じの女性です。
いかんせん主人公のサイモンが超のつくほど陰キャかましてるので、そういう男の子が好きになりそうな女性という意味です。一般的なセクシーとか、かわいいとかっていう意味ではないです。
自己肯定感低そうな主人公に共感してしまう
胸糞悪いという感想を持つに至った原因として、『サイモンのパーソナリティと自分のキャラが若干かぶる』ことが挙げられるかなと思います。
サイモンは先ほども申し上げました通り、超陰キャなので好きな女の子ができても告りません。そのかわり彼女の社宅の向かいの部屋に住み、毎日望遠鏡で彼女の様子を見てしまってます。
だめだよ…きもいよサイモン君…と思ってしまうのですが、好きな気持ちはあっても行動に起こせないところとかそのくせ相手の情報をめっちゃリサーチしてしまう気持ちにはちょっと共感してしまいました。
さすがに、ゴミ箱漁って彼女の捨てたばらばらの絵を拾ってコレクションし出したので引きましたけど。
ちょっとした考察
いろんな方が考察しておられる通り、これはサイモンの幻覚でしょう。そうするとどこからどこまでが幻覚なのか、という問題に行き着くと思います。
個人的な見解で言えば、最初と最期を抜かした全部であると思われます。サイモンは最後、ドッペルゲンガーと自分の肉体が連動していることを利用して自殺します。
これというのは、実際の自分と理想の自分があまりに乖離しすぎたために耐えられなくなってしまったのではないでしょうか。
これって結構リアルな描写だと思います。実際この理想の自分と現実の自分のギャップに苦しむ人は若い世代に多いのではないでしょうか。
例えば拒食症の人などが挙げられます。拒食症になってしまった方には、スリムで美しい自分という理想があるでしょう。しかし、摂食によってそれが崩れてしまう(と思い込む)ことで食物が喉を通らなくなるのです。
この映画から学べるのは、理想に固執しすぎるのはいささか愚かであるということだと思います。実際「理想」は私たちの原動力にもなり得ますが、同時に自身の身を滅ぼすものでもあることを見せてくれたのです。
まあ理想を抱くのは構いませんけど、死なない程度に夢見てください
的な皮肉なニュアンスを感じました笑笑
そもそもタイトルも「笑う」ではなく『嗤う』という嘲笑的なニュアンスを醸していますしね。
うまくまとめられませんが、サイモンみたいにはなりたくないですね。