【書評記事】海辺のカフカを今更ながら読んでみた。【ハルキスト予備軍】
こんにちは、erimaです。
村上春樹なんて…と言っていたのもどこ吹く風、現在どっぷり村上ワールドにはまっています。やっぱ村上春樹ってすごいや。
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村上春樹のすごいところ
私、村上春樹のちょっと気障な語り口が苦手だったんですよ。昔は。
多分、まだあまり教養もなくて知識も少なかったから、ひけらかされているような感じがしたのかもしれません。
でも大学生になってから読んでみて、こんなに緻密で情緒的な美しい文章だったっけ!?とびっくりしました。
やっとわかるようになったというか、同じところまで到達できたというか。
長い道のりでしたね…歳をとるって不思議です。
食わず嫌いもダメだけど、読まず嫌いも良くないんだなぁ、と少し反省しました。
本に関しては、たまに偏食発揮しちゃうので気をつけたいところです。
あと語り口調は気に食わなかったときでも、村上春樹の小説に登場する人は、知識とそれに対する自分の意見がしっかりある人物が多くて好きでしたね。
ちなみに「海辺のカフカ」だったら大島さんが好きです。
雰囲気だけだったら、伊坂幸太郎の本にも出てきそうですよね。伊坂幸太郎の本は昔からすごく好きで何冊かもってます。
伊坂幸太郎とか森見登美彦の本は、大学生が書いているようなノリが好きだったのですが、伊坂さんが実は既婚者でこどももいると知った時はかなりショックでした。
伊坂さんには冴えないミステリアスなお兄さんでいて欲しかった…
そんなことを思いながら、エッセイや新刊をチェックしております。
海辺のカフカの感想と書評
だいぶ話が逸れてしまいましたが、ここから海辺のカフカの話に戻しましょう。
海辺のカフカははっきり言って、「予備知識がないとちょっととっつきづらい本」な気がします。
初っ端からプラトンの饗宴を引用する本は少ないはずですから笑笑
あとアイスキュロスとかギリシャ悲劇も出てきます。上巻だけでこれだけの古典エッセンスが散りばめられているので、悪く言えば知識が試されるし、よく言えば知識を身につけるきっかけになるのかなとは思います。
でももちろんそれだけではなくって、ウィットに富んだ会話やインテリジェンスなやり取りは心地よさを感じさせるものでした。
知識があるだけじゃなくって、それに対する自分なりの意見を述べられる人ってかっこいいですよね。憧れます。
主人公の田村くんや私が好きな大島さんはカチコチのインテリ系ですが、もちろんそうでない人々も登場するところも魅力です。
たとえば、猫と会話するおじさんのナカタさんトラックの輸送ドライバーの星野青年がそうです。彼らは勉学や知識という点では明らかに田村くんらから劣っています。
しかしながら、ナカタさんの周りの人間からの評判は上々ですし、星野青年だって見ず知らずのおじさんを高知から四国に送ってくれるくらいには親切なのです。
人間の価値というか、その存在意味というものは単純に測れるものではないものでしょうが、少なくとも知識の量だけで決まるわけではないということがわかります。
印象的だったのは、図書館を調べにきた調査員の女性二人と大島さんが会話するシーンです。ああいったやりとりというのは、現実でもたくさんあると思うのですが、大島さんが言いたかったのは『当事者でもないやつになにがわかる』っていう気持ちなのかなと思いました。
なんかこう形だけの思いやりというか、形骸化されたシステムに飲み込まれる危険性は、意外と身近に転がっていて、それに抵抗しているのが大島さんあのかなと。
実際ありますよね。こういうこと。
女性のための法整備やしょうがいを持つ方の法整備に実際の当事者が関わることって滅多にないですし
まして子どものための権利なんて作ったの大人ですからね。
この間アニメPSYCHO-PASS3を見ていたら『ドミネーターを執行するのはシステムではなく、人間であるべきだ』っていうセリフが出てきて、はっとさせられましたね。
いや当たり前っちゃあたりまえなんですけど、私たちは便利で簡単な機械に支配されてはないだろうか?と考えさせられました。どんなに時代が進歩したとしても、最終的な判断は人間が下すべきであると思います。
正義や善という概念は人間だけが唯一識別できる特別なものだと思うからです。
ロボットや機械に任せるということは、人間性を放棄し、怠惰な正義に身を委ねることに他ならないと思います。
だからこそ、大島さんはあんな風にいったのかな、と考えてみたり。
とここまで書いてきたのですが、実はまだ下巻が途中なので今回の記事は上巻編ということにしたいと思います笑笑
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